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【カケラ Vol.05 試し読み】 鮎の河原 ―百瀬村白蛇神社縁起―

空想工房


鮎の河原 ―百瀬村白蛇神社縁起―



 一

 去ね、と言っているようだった。
 白蛇河原の流れを遡り、鮎が別の鮎を追い立てている。川の水は冷たくて清い。鮎たちの追いかけっこが、脛まで川に浸かった利平の目にもよく見える。逃げるほうの鮎も必死で、砂利の溜まった水底に腹をこすりそうだ。
 野生の本能は、よそ者を決して見逃しはしない。去ね、去ね、ここはおらが縄張りぞ。追う鮎が、追われる鮎の尾ひれめがけて体当たりを仕掛ける。
 ――今じゃ。
 ぴちゃぴちゃと飛沫が上がり、お天道様の光と一緒に散った。追っていたほうの鮎に針が掛かり、水上に飛び出てのた打っている。
 もし鮎にも人並みの知恵があったなら、己が罠にかかったことに気づいただろう。躍起になって追いかけていたもう一尾の鮎は、囮(おとり)だったのだと。その証拠に、囮鮎には釣り糸や掛け針とつながった鼻環が取り付けられている。
 罠と知ったときにはもう手遅れだ。釣られた鮎は利平のタモへ、次いで川面に浮かべた木製の友船へと移されて逃げられない。この釣り方は「友釣り」といって、鮎が持つ縄張り意識の強さを利用したものである。
 一尾釣れた。利平は目を閉じて、山神様に感謝を捧げ、さらなる恵みを乞う。先ほどの囮鮎が弱ってしまう前に、もう少し釣らせてほしいと。
 笠の下で、利平の顎から汗がしたたり落ちた。
「おうい、利平よぉ」
 野太い声に呼ばれて振り返ると、火縄銃を担いだ猟師が二人、利平のそばへやってきた。図体がでかいのが又次で、ひょろりとして細っこいのが末造だ。
「どうよ、よう釣れよるか」
「いや、田螺でも拾うて帰らにゃいけない」
 末造の問いに、利平は苦笑を返した。



著者:泡野瑤子 twitter/url



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創作サークル「空想工房」会誌・カケラ Vol.05

発行:2019/10/12
A5サイズ・92P
頒布価格:500円



 気になる続きは「カケラ Vol.05」でお楽しみください(^^)/

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Posted by空想工房

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