【カケラ Vol.05 試し読み】 松落葉 ~松屋敷幽霊咄~
松落葉 ~松屋敷幽霊咄~
松の屋敷には 幽霊が出るという
日毎夜毎に 泣き濡れて
紡がれるのは 悔悟の念
声なき声が こだまする
松の屋敷で 誰を待つ?
空の部屋で 誰が待つ?
一
「お兄ちゃん、幽霊屋敷って知ってる?」
唐突な問いかけに、侑斗は思わず目を瞬かせた。
「ああ、遊園地にあるやつ?」
「違うよ、それはお化け屋敷でしょ。幽霊屋敷。この近くにね、あるんだよ。幽霊屋敷」
とっておきの秘密を教えてあげよう、と言わんばかりの顔で声を潜める少年とは、つい先ほど知り合ったばかりだ。
バイトからの帰宅途中、夕立から逃れるために逃げ込んだファストフード店で、少年が落とした帽子を拾ってやった。礼儀正しくお礼を述べて帽子を受け取った少年は、注文品が揃うまでの暇つぶしとばかりに、侑斗相手に他愛もない世間話を始めたのだ。
その帽子が大のお気に入りであること、大好きな祖母に買ってもらったばかりであることから始まって、いつの間にか話題は夏につきものの怪談へと横滑りしていた。
「郵便局の先に小さい公園があるでしょ? その斜め向かいに、ものすごく古いおうちがあるんだ。松の木がある、大きなお屋敷」
公園の斜め向かい。松の屋敷。その単語だけでピンときてしまったのは、侑斗がこちらに越してきて一年ほど経ち、周辺に詳しくなったからだけではない。
「その『松のお屋敷』にはね、幽霊が出るんだって! おばあちゃんが言ってたんだ」
そう耳打ちされて、ひとまず「そうなんだ」と相槌を打つ。
「えっと、その幽霊って……」
詳細を尋ねようとしたところで、番号札三七番を呼ぶ声が響き渡り、少年は「じゃあね!」と手を振って受取カウンターへと走って行った。
追いかけて詳細を尋ねるのも気が引けて、自身の注文番号の印刷されたレシートを握りしめる。
侑斗の注文品が揃うまでは、まだまだ時間がかかりそうだった。
著者:小田島静流 twitter/url

創作サークル「空想工房」会誌・カケラ Vol.05
発行:2019/10/12
A5サイズ・92P
頒布価格:500円
気になる続きは「カケラ Vol.05」でお楽しみください(^^)/
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